葵   エピローグ


                      「時間だよ。行こう、つくし 」


                      抜けるように白いつくしの肌が青白く見えたのは真っ白いウエディングドレスのせいなのか

                      まだ平らで目立たないお腹の中にいる赤ん坊のせいなのかは分からない。

                      レースのハンカチで口元を押さえているから、きっと後者の方なのだろう。

                      俺は付き添っているつくしの義母にあたる藤原財閥の玲子夫人の避難がましい視線を冷笑すると

                      不安気に泣きそうな顔で俺を見るつくしの手を優しく取って、額に優しいキスを落とした。


                      「類さん・・・   」

                      「綺麗よだよ。誰よりもつくしが一番綺麗だ 」


                      嬉しそうに俺達を見ている藤原令磁氏につくしを預けるとすでに沢山の列席者で埋まるチャペルに向かう。

                      今日の結婚式には司以外の俺の親友やつくしの友人、両家の親族が招かれていて式の後に仕事関係を招かれている。

                      披露宴を大々的に行う予定になっていた。

                      花沢家側には総二郎とあきらがいて、目が合うと口パクでおめでとうと言う言葉が聞こえてきて

                      俺は無表情ながらも軽く頷いて祭壇の前まで進んだ。


                      あきら達の横にはフランスから静がわざわざ駈けつけてきてくれていて、黒いドレス姿で怪しいくらいに妖艶な笑みを

                      浮かべて俺の方を見つめていた。

                      静・・・昔愛した女。初恋で初めての女。

                      俺は静の為にフランスまで追いかけ情熱のままに暮らした。

                      だけどそれが蜃気楼のような恋だと気づくまで大した時間はかからなかった。やがて俺は牧野つくしを愛し

                      紆余曲折を経て今日まで至ったんだ。

                      つくしを手に入れて俺は世界中で一番幸福な男になった。

                      夏頃には赤ん坊も生まれる。

                      だからあんたがそんな顔をしても俺の心は変わらない。



                      未亡人になった年上の美しい幼馴染。


                      俺が心から愛するのはつくしだけなのだから。




                                    *


                      やっと両親が私を日本に呼び戻してくれたと思ったら、それは類の結婚式が理由だった。



                      「藤原つくし・・・?これって牧野つくしさんのこと?」



                      藤原財閥と言えば道明寺と肩を並べるほどの財閥だったが、令嬢がいたなんて初耳だった。

                      しかもつくしなんて名前は珍しいから類の結婚相手はやっぱり牧野さんなの?


                      両親の反対を押し切って弁護士を目指しフランスへ渡ったのはもう5年も前のこと。

                      肩書こそ弁護士になったものの、私の考えていた以上に辛くキツイ仕事だった。

                      どんなに頑張っても日本人の私は中々評価されはしない。

                      だけどあんなに大見え切って出て来た手前今さら帰ることなんて出来やしない。

                      そんな時類が私を追いかけてきた。年下の無口で美しい青年は屈折してゆく私のいい憂さ晴らしとなった。

                      求めれば情熱的に抱き飽くことなく私の体を一途に求めてくれる。

                      下降気味だった私の気持ちは類のお陰で浮上し私はまた弁護士の仕事にやる気を見出した。


                      そんな時だった彼と出会ったのは。

                      フランスでも5指に入る大手弁護士事務所の共同経営者だった夫は 一回り年上で洗練されていて地位もコネもあった人だった。

                      弁護士である私の公私に渡って相談出来る彼は年下の類よりもずっと現実的で頼りになった。

                      私と彼が男女の仲になるのに時間はかからなかった。そして段々類の待つアパートに帰るのはたまかさになり


                      
                      「静とはもういられない。日本に帰る」



                      類が身を引くことで私達の関係は終わった。

                      だけど類との情熱的な日々が私の中で忘れられず婚約者となった夫を言いくるめて日本に行ったのは

                      寒い冬の日のこと。だけど類はカナダの別荘に行っていて私は偶然を装って類との再会を果たした。


                      あの自閉的な青年は私を失ったことでまた心を閉ざしてしまっているだろうから、また心を解してやらばければいけない。

                      カナダの別荘で再会し二人きりになって飢えたように類の服に手をかければ類はやんわりと私を拒否した。




                      
                      「病めるときも健やかなるときも・・・  」



                      類達の誓いの言葉にはっとなって現実に戻れば目の前には幸せそうな類達の姿があった。



                      フランスに戻り私と神の前で永遠の愛を誓った夫は昨年交通事故で逝ってしまった。

                      寂しく悲しい未亡人になった私を救えるのは類しかいないと思っていたのに類は今日結婚する。

                      しかもあの牧野つくしさんと・・・

                      昔みんなから虐められていてあまりの酷さに手を差し伸べてあげた冴えない少女だった子は

                      調べたら藤原財閥の婚外子だった。

                      司と別れ類を手に入れた牧野さんにはお腹に赤ちゃんがいると言う。

                      優しい類はお腹の赤ちゃんの為に牧野さんと結婚したのだろう。でなければきっとまた私を選んでいた。



                      「静、来たよ 」



                      昔のように無邪気で綺麗な天使の笑みを向けながらフランスまで私を迎えに来てくれたに違いないのだから。




                      牧野さんさえ、いなければ・・・・・   ・・・・





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