31

                           類


          
           父さんと牧野の対面は3日後に実現した。


           「ちょっと、いいかな。」

          
           牧野の部屋をノックして開けると牧野は丁度、ベットの端に腰掛けて髪を梳かしていた。

           
           漆黒の髪が艶やかに揺れ、オレの声に気づくと



           「何?」


           と、可愛らしく首をかしげる。家族の喪中の為、黒いニットのワンピースを着た牧野は


           どこか寂しげで脆そうに見える。


           
           怪我をしたのが幸い、左手だったため、思ったほど生活に不自由は無い。


           だけどオレは何かと世話を妬きたくて、牧野が恥ずかしがるのも構わずに、あれこれと手を出すのが


           一日の日課になっていた。今も牧野の手からブラシを取り上げると牧野の横に腰掛けて


           髪を梳かしてやる。最初の頃は真っ赤になっていた牧野も今では諦めたのか、オレにされるままに

         
           大人しくしている。



           「・・・実は今、父親が帰国して家にいるんだ。」


           「え・・・!花沢類のお父さんが?」        
  

           その声が微かに震えているのが、感じられた。


           きっと大企業の社長であるオレの父も司の親と同じ種類の人間という認識が牧野にはあるのだろう。



            「そう。もし牧野さえ良かったら、父親に紹介したいんだけど。いいかな?
            あっ・・もし牧野が嫌なら別にいいんだけど。   」


           「嫌だなんて!滅相も無い。こんなにお世話になってるんだもの。ご挨拶させて下さい。」



           「くくく・・・。牧野・・だいぶ震えてるでしょ。大丈夫だよ。オレの父はたしかに厳しい人だけど
           司の親とは違う。人間としての常識をちゃんと持った人だよ。

           それに、会えばわかると思うけど、牧野に会うの楽しみにしてる。  」

         
           「花沢類のお父さんが、私なんかに?」


           「そ・・・。だから安心して。」


           
           「うん。花沢類がそう言うなら。」



           

                            つくし 




           「「はじめまして、類の父の花沢創です。」

           
            そう言って差し出された手はとても暖かくて、ああ・・やっぱり花沢類のお父さんなんだと

           
            しみじみ思った。

           
           「はじめまして、牧野つくしと申します。あの・・この度は類さんにはお世話になってばかりで
           申し訳ありません。あの、すぐにでもおいとましますので、  」


           私が一揆にまくし立てると、花沢類とお父さんが、くくと面白そうに笑っていた。

           
           「いやいや、そう固くならないで下さい。牧野さん、座ってください。


           「は、はい」

           「類・・小夜さんにお茶を持って来てもらうよう、内線をかけてくれ。」

           「はい。」

 
           花沢類が電話の方に行くと、私とお父さんがソファーに二人だけで向かいあう形になり

           
           視線がぶつかった。

     
           花沢類に良く似ている・・・・。

      
           明るい髪はところどころに白いものが混じっているけれど、凄いハンサムな人。


           花沢類が年を重ねたらきっとこんな感じになるんだるな。

         
           ぼうっと見とれていると、お父さんがやさしく微笑んで


         
           「つくしさんと呼んでいいかな。」

           「は、はい。」

           「そんなに緊張しないで下さい。あなたにあえるのを楽しみにしていたんですよ。
            こんな時に無理に時間をつくって頂いて本当に申し訳ない。

 
 
           「あ・・そんな・・。」

           「この度は本当に大変でしたね。まずは、ご家族のこと心からお悔やみ申し上げます。」


           花沢類のお父さんの言葉は道明寺のお母さんのような、傲慢さや、見下すようなところなど


           微塵もなく、心のこもった言葉だった。私も素直に



           「ありがとうございます。」


           という言葉を返すことが出来た。


           「本当なら、食事でもと思っていたんですが、類の奴が反対しましてね。
           手が不自由な上に緊張してつくしさんがロクに食べれなくなってしまうってね。」


           「花沢類が・・・・?」


           「そうです。だから食事は次回ということでね。」


           そう囁くお父さんの瞳はとてもやさしくて、私もすっかりくつろいで話をすることが出来た。


           「実は私は明日にはフランスに戻らなくてはならないのです。だからどうしても、私が日本にいるうちに
            色々と決めておきたくてね。   」


           「・・・・・?  」


           「つくしさん、あなたのことですよ。」


           「父さん・・・」


           お父さんの言葉に花沢類が足早に戻ってきて私の隣に腰を下ろした。


         
           「このことは類の希望であり、私自身の希望でもあります。つくしさん、あなたさえ良かったら
            このまま、この家にいてくれませんか。  」


           「え・・・!?」


           「失礼ですが、あなたのことはもう調査済みでね。学園でのことや、類とのこと、司君とのことも
           知っています 。 私だけじゃない、西門さん美作さんの家も同じようにあなたのことは調査済みだ。」


           「・・・・・!?」


           「誤解しないで下さい。私は道明寺社長とは違います。むしろ、類や他の3人を変えてくれた
           あなたに心から感謝している。     」


           「そんな、変えただなんて・・・・買いかぶり過ぎです。」


           「いや、ご存知かわかりませんが、私はまだ類が幼い頃必要以上に厳しく躾、英才教育をさせて
           きました。類がまだ赤ん坊の頃に母親を亡くしたものですから、人一倍母親の分までという気負いが
           あったのかも知れない。だが、そのせいで類の心は壊れてしまった。   」


           「父さん・・・・。」


           「あの時は静ちゃんが救ってくれた。だが類が本来、培わなければならない人としての心は
            取り戻せなかった。私はもう諦めていました。そんな時、つくしさんあなたが現れ、類に人としての
            心を取り戻してくれました。私は一人の親として心からあなたに礼が言いたい。
            そして、せめてもの感謝の気持ちとしてご家族を亡くされたあなたの手助けがしたいのです。」

           「そんな、とんでもありません。それに花沢類ははじめて出会った頃から、やさしい人でした。
           たしかに感情を表にだすことはめったにありませんでしたが、いつも、私が辛い時に
           救いの手を差し伸べて守ってくれたんです。
           そして本当に欲しい言葉をくれるんです。
           きっと、花沢類の中には沢山のやさしさが、つまっているんだと思います。
           それが、少しずつ表面に現れてきたんだと思います。私のお蔭なんかじゃありません。 」


           「くく・・・・。あなたは随分、自分を過小評価する人だ。類をごらんなさい。」


           お父さんの言葉に花沢類の方をちらって見ると、花沢類は顔をうつむかせていた。


           「どうしたの?」

           「牧野・・・。言いすぎ・・・オレ・・・そんな・・善良な人間じゃない。」


           「へ・・・・・・?」
           

          
「最初の頃はいつも、気まぐれだったし、今現在にいたっては牧野の為だけ。」


           そう言うととても照れ草そうな顔をした。

 
           「ふ・・・。これでお分かりでしょう。類はあなた次第だ。」

           「へ・・・?!」

           (聡明なのに鈍いお嬢さんだ。類も苦労するな・・だが、こらは世間一般の青年がする苦労だ。)